■子どもたちのアートワークス(16)

◆ボタン(B)

 熊本県立美術館に「浜田知明版画室」という常設展示室があります。浜田知明さんとは、熊本在住の世界的版画です。展示室には、その浜田さんの作品をいつでも鑑賞できるように、版画や彫刻の作品が順次入れ替えられながら、展示が続けられています。
さて、浜田さんの作品の中に「ボタン(B)」という版画があるのをご存じでしょうか?3人の人物が前を向いて並んでいて、後ろからボタンを押されて次々と前に命令が伝えられる、といったような絵です。核戦争の起こり方が主題になっていると読み取れます。
 この作品は、1988年の広島市現代美術館の開館記念の際に出品された作品です。広島市現代美術館が国内外の作家78名の作家にヒロシマをテーマに作品を依頼しました。浜田さんも依頼された中の一人でした。しかも版画というのに、限定5部ということで要請があったそうです。現在、その中の2点が熊本県立美術館に保管されています。価値ある貴重な収蔵品です。
 私は、その「ボタン(B)」を題材に、図画工作の鑑賞授業を実施しました。対象は、担任する6年生。汗の流れ出る蒸し暑い夏日に行った、わずか1時間だけの授業でした。しかし、それは、「IT活用の鑑賞」「美術館員との連携」「ホンモノとの出会い」という大きな要素がいくつも入った密度の濃い学習だったのです。

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c0052304_549513.jpg

 プロジェクターからスクリーンに1枚の絵が映し出された。
 「ん?なんだ?」「おもしろい顔してる」「変わった絵だなあ」
 子どもたちはつぶやいた。



映し出された絵が、「ボタン(B)」という価値ある絵だとは誰も知らない。いや、厳密に言えば、「ボタン(B)」ではない。なぜなら、私が加工した画像だからだ。ボタンを押している3人目の頭上にある雲の部分を、画像ソフトによって消去している。

 発問1「何が描かれていますか?」
 反応 「裸の人」「椅子」「めがね」「つぼ」「柱」
    「グッドラック!の指」(なるほど、そういう見方があるのか。
     本当はボタンを押そうとしてるんだが)
    「ボタン」(へえ、ボタンに気づいたな)
    「体の中」(実はあれはボタンをつなぐ線なんだな)
    「かべのようなもの」(3人目ね、隠れてるんだよ、シェルターに)
*( )内は、私の心の声である。
c0052304_10223665.jpg
 発問2「どんな色が使われてる?」
 反応 「黒」「白」「灰色」「暗い色・・・・」

 発問3「1番右側の人の頭の上には、本当は何かが描かれています。それはなんだと思いますか?」想像して描かせてみた。
 反応 「顔」「時計」「お化け」「ぼうし」「電球」「旗」「かんむり」「雨」「うで」「ライト」「アフロ」「かつら」「ばくだん」「核兵器」
途中から、笑いが出て盛り上がった。「ふざけすぎじゃあ?」「先生、こんなのもいいんですか?」
 最後の方で「爆弾」「核兵器」が出たときは、「あんまりだ」「ありえんありえん」などの声が上がった。

 さて、このあと、実際に隠れていたところを次の画像で見せた。一瞬「?」といった表情になった。しかしすぐに、「雲だ~」「雨が近かった」とざわめきだした。私は言う。
 「そう、雲のようだね。ではなぜ、この人の頭の上に雲があると思う?」
 子どもたちは黙って、再び絵をじっくりと見る。するとA君が小さくつぶやいた。「キノコ雲?」
 私は、その声を拾い上げた。
 「キノコ雲ね。ああ、そういえば、そう見えるね。みんなはどう思う?」
 他の子どもたちもうなずきながら「見える、見える」「修学旅行に行く前に写真で見たのに似ている」2ヶ月前に長崎修学旅行で原爆についてしっかり勉強した子どもたちは、すぐに賛同した。「でも、何でキノコ雲かなあ」再び、じっと絵を見る子どもたち。そしてこうつぶやいた子がいた。「じゃあ、核兵器が一番近い」

c0052304_5552499.jpg ここで、作品名は「ボタン(B)」、作者が「浜田知明」であることを教えた。そして最後の発問。
 「浜田さんは、どんな思いでこの絵を描いたのでしょう。見る人たちに伝えたかったメッセージは何だったのでしょうか。」

 子どもたちは、絵をじっと見ながら、彼らなりに一生懸命考えた。
「この人は原爆の被害者では?」
「壁がある。こっちの方だけに原爆が落とされたということじゃない?」
「原爆の恐ろしさを伝えていると思う」
「この人はアメリカ人のような顔をして入れる。原爆を落とした人かな」

 そして私は言った。
 「いろいろ考えたね、みんな。この絵がどういう意味を持っているか、実は、ぼくも詳しくは知らないんだ。でも今日は、とても絵のことに詳しい美術館の先生が来ていらっしゃいます。S先生です。S先生から、この絵のことについてお話をしていただくので聞いてください」

 Sさんは、子どもたちの前に立つと、まずは6年生の学習態度をほめてくださった。よく絵を見て、よく考えて、よく自分の意見を言っていると。一生懸命に勉強している姿に感心したとも。そしてこう切り出された。
「絵を見てあなたたちがどう感じるか、それは自由です。この絵はこういう意味だ、と決めつける必要はありません。もちろん、作者には作者の思いがあったと思いますが、それは作者にしか分かりません。ただ、作者のことを知ると、少しはその思いに近づけるかもしれません。」

 そしてSさんは、手元から、一枚の絵を取り出された。
「実は西尾先生からみなさんが一生懸命勉強すると聞いて、ここに、本物の「ボタン(B)」の絵を持ってきました。」
 子どもたちが一瞬、ほお~といった表情になって目が大きく開いた。Sさんが本物の絵を取り出すと、子どもたちは身を乗り出して絵を見つめた。
「思ったより小さい」「色がちがうなあ」「なんか、細かくペンでこさいだようなあとがある」
そんな子どもたちの様子を見てSさんは、
「実は、これは版画なんです。」
と言われた。版画?と子どもたちは驚いた。
 さらにSさんは、いろいろとお話しくださった。

 浜田さんが若いころ、兵隊として中国で、戦争を体験されたこと。優しい心の持ち主で、その時も、人を殴ったり殺したりする戦争が嫌だったこと。
浜田さんの作品には「初年兵哀歌」など戦争をテーマに扱った作品が多いこと。でも、ユーモラスな作品や世の中を風刺した版画や彫刻もあること。「ボタン(B)」は、戦後40年以上経ったころ、広島の美術館の開館記念のために描いたこと。現代の核戦争へ不安も描きたいとおっしゃっていたこと・・。

c0052304_1024546.jpg そのあとSさんは、なんと子どもたち一人一人に絵を持たせられて、間近に「ボタン(B)」を鑑賞させてくださったのだ。おそるおそる絵を持ちながら、子どもたちはしっかりと鑑賞していた。ホンモノと出会ったことが、子どもたちにとって、豊かな体験となったことは間違いない。
                           
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 今回の授業は、私の属する図工サークルが「美術館と連携する鑑賞授業」について昨年度から始めた研究と、美術館が「収蔵品を活用して学校現場と連携」する取り組みの接点の中で実施できたものです。県立美術館には浜田知明さんの作品が数多く収蔵されています。その中でも特に著名な「ボタン(B)」のホンモノを、初めて学校現場での授業にお貸しいただきました。美術館の先生方には大変感謝しています。そして、今回のような授業を実践する機会に恵まれたことは、私にとっても至極幸せでした。これもサークルの仲間のおかげです。
 その後、他校でも同じサークル員の仲間が授業実践をしました。先日、S先生も交えたサークルの例会の中で、私の授業も含めて、まだまだ授業の進め方の不十分なところがあると話し合いました。秋にはまたある小学校で「ボタン(B)」の授業が行われます。そのためのよりよい指導案、教材づくりを仲間と協力して進めています。熊本の子どもたちがさらに美術作品に親しみ、鑑賞力や想像力を培えるように、私たちの活動は続きます。
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by saibikan | 2005-10-01 10:29 | 6年図工授業 | Trackback | Comments(0)
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