◆ソーラン節に魅せられて(後編)

日刊「中高教師メールマガジン」に掲載(10月)
■ 「子どもたちのアートワークス」(18)
◆ソーラン節に魅せられて(後編)

突然「MATRIX RELOADED」が流れる。私の目覚まし用の曲だ。布団の中から右手を伸ばして黒い携帯をカチッと開き、無造作に番号ボタンを押す。瞬間、賑やかな音楽が消える。
 「もう朝かあ」

 まだ外は暗い。だが、起きなければ。思い切って掛け布団をはねのける。寝ぼけ眼で立ち上がり、寝癖のついた頭の後ろを掻きながら洗面所に向かう。灯りをつけ、冷たい水で顔を洗って、やっと頭の中が半回転。タオルで強く拭いた顔は真っ赤だ。

 リビングに行って、手にするのはビデオテープ。背表紙に「金八ソーラン」とタイトルがついている。数年前、知り合いからいただいたもの。 

デッキに静かに挿入。テレビのスイッチを入れたあと再生ボタンを押す。ややノイズがある。テレビ番組を録画したもので、何度かダビングされているらしい。

 画面に、毎朝見慣れたシーンが映し出される。私は思わずあいさつをする。
 「おはよう、金ぱっつあん」
 武田鉄矢が川の土手を上っていく。彼が見下ろした河原には、多くの中学生が集まっている。そこに黒い服を着た後ろ姿の上戸彩が歩いて行く。仲間から長い法被を手渡され、勢いよく体にまとう。彼女が振り返ってこちらを見た瞬間から、曲が流れ、私の朝練開始だ。

 「さあやるか。」
 狭いリビングの床の上で、私は腰を落として手を突き出し、波を小刻みに表現する。テレビ画面の中学生の動きを見ながらの練習だ。

 25拍目からは網をたぐり寄せる動作に入り、手と体を上下に伸ばす。その後は、勢いよく綱を引く体勢だ。右に左に見えない綱を引きながらぐっと腰を落とさなけらばいけない。しかもかなりのスピードが要求される。朝起きてすぐだから無理はせず、1回目は軽く流す程度だ。

c0052304_19154095.jpg だが巻き戻して2回目からは、全力で踊る。動きを覚えるため、必死でテレビ画面を見ながら。それでも細かい動きが分からないことがある。何度も何度も一時停止したり、少し巻き戻しをしながら練習する。いつのまにか汗だくだ。


そのうちに外が明るくなってくる。そうすると、私の朝練も終了だ。家族もやがて起きてくる。シャワーを浴びて出勤準備となる。

 これが2学期になってからの私の日課であった。もちろん、9月末の運動会までのことだ。

 学校でのソーラン節の指導には、プロジェクターとスクリーン、そしてビデオデッキを利用した。これらの機器を体育館に持ち込んで、映像を子どもたちにも見せたのだ。
最初に映像を見たときの子どもたち(5・6年生67名)の反応は、
「速い!」「はっぴが、かっちょいい」「金八先生の顔がおもしろい」「むずかしそう」「お
ぼえきらん」

 まあこれが小学生の素直な感想だろう。中にはぽかんとして、画面を見ている子もいた。

 だが、練習が始まるとけっこう喜ぶ。私が覚えている基本的な動きは、一つ一つ確実に押さえていく。動きが速いところや全体の流れは、何度かスクリーンに映し出された映像を見ながら、子どもたちも踊る。これを繰り返すと、しだいに頭の中に、ソーラン節がイメージ化されて、体にも動きが染みついていくようであった。


 しばらくすると、子どもたちからこんな声が出始めた。
「先生、はっぴは着ないんですか?」
 そう、当然出るべき質問であった。以前勤めていた学校には、備え付けの法被があった。またある学校では、いろんなところからかき集めてバラエティに富んだ法被で演じていた。ビニル袋に絵を描いて、手作り法被を作るケースもある。だが、私はこう答えた。
「はっぴは着ないよ。黒いTシャツと青いはちまきだけで踊ります。」
「??」
子どもたちにはイメージが湧かないようだった。もちろん私も初めてなのでどのようになるかは分からなかったが。

「みんなの場合は、ソーラン節と組体操を組み合わせた団体表現だから、動きやすい服装がいい。すべったりしたら危険だからね。それに3,4年生が(他の踊りを)はっぴを着て踊るから、5,6年生は(はっぴを使わず)体の動きで勝負だ。その代わり、体育服だけではちょっと寂しいから、黒いTシャツと青いはちまきは使おう。黒はみんなの雰囲気を引き締めるため、青いはちまきは海をイメージするためだ。」

 黒いシャツを運動会で使うのは、かなり早くから連絡していたので、各家庭でどうにか準備はしてもらっていた。ないところは、こちらで用意をした。ただし黒シャツをソーラン節に使うことを子どもたちが認識したのは、この時初めてのようだが。

 青いはちまきは、風になびくように大きく広く作ることにした。縫う必要はない。ぶつ切りでいい。しかしその分、かなりの量がいる。大きさを決め計算すると、6年生だけでも18m(幅90cm)の布が必要なことが分かった。私は市内の手芸店巡りをし、青い布を捜し回って手に入れた。そしてサンプルを作ると、学校で子どもたちと一緒に裁ちばさみで切り取った。

 運動会もあと数日に迫った。私はもうほぼ完璧に踊りを覚えた。子どもたちはまだ、不十分ではあったが、一度全員が、衣装を身につけて(といっても黒いシャツに青いはちまきだけだが)運動場で踊ってみることにした。 「どっこいしょ!ソーランソーラン!」の声が、いつもより気合いが入る。

「なかなか黒だけってのも、いいですね。独特の雰囲気がありますね」
 眺めていた同僚の先生が声をかけてきた。たしかに、私も、今まで数年間やってきたソーラン節との雰囲気の違いを感じている。当然だ。

 
c0052304_19564569.jpgやってみる前は、「マトリックスのエージェントスミス」のような異様な感じになるかも?などと自分で勝手な想像もしていた。だが目の前の子どもたちが、全身で表現している黒の集団の雰囲気は・・・そうだなあ、二十年ほど前の、一世風靡セピア風?それにちょっとだけ近いような気もするー。

 たぶんそんなこと誰も思わないだろうな、と苦笑いしながら、私は子どもたちを眺めていた。


 さて、運動会当日は快晴。朝から元気のいい歓声が秋空に響いていた。6年生が描いた入場門の絵も、運動会に彩りを添えている。そしてその入場門の周りに黒ずくめの集団ができはじめた。いよいよ、5,6年生の団体表現「海、そしてソーラン」の始まりである。

 音楽が鳴って入場、ソーラン節の前に簡単な組体操の技を披露。まずは4つのグループに分かれ手をつなぐ。運動場に波打つ黒と青のアート。続いて全員の背支持倒立。漁への意気込みを表現している。そして二人組で倒立、肩車、サボテン。
大漁旗が立ち上がり、風になびくイメージだ。大技はないが、きっちりと確実に仕上げた技に会場が静まりかえり、やがて大きな拍手。

 特に倒立は、昨年は、倒立をする者と支える者に分けていたが、今回は交代で全員に挑戦させた。だから、ずいぶん倒立にかける意気込みが違った。休み時間に何度も練習していた。本番で、教師の支援のもとではあったが、これまでできていなかった子たちが成功した。
 
 そしていよいよソーラン節である。激しい音楽のリズムが鳴り出すと、一瞬会場がどよめく。黒服の子どもたちが前に後ろに、右に左に動くたびに、頭に付け変えた青いはちまきが大きく揺れる。アップテンポの曲だけに、かなり速く激しい動き。会場の多くの観客も目を見張る。しかし子どもたちはもう遅れることはない。

 「基本的な動きを間違ってはいけないが、あとは自分の体で自分なりの精一杯の表現をすること。ただし本番は何が起こるか分からないぞ。集中することを忘れるな。」
c0052304_5101260.jpg


 みんなにはそう言い聞かせてきた。
 練習中どうしても動きがワンテンポ遅れ、間違えやすい子がいた。しかも本部前の一番前。私が前で踊るから、と安心させた。

 本番は、どの子も一生懸命。必死のエネルギーが運動場のフィールドから伝わってくる。これまでの練習の成果だろう、どの子も間違えない。本部テントの前で踊っていると、観客の感心と驚きの雰囲気を背中から肌で感じた。

 踊りが始まって約3分、ソーラン節もしだいにクライマックスに近づいた。
 「?」
子どもたちの目線が私に集中している。なんだ?
「あ、間違えた!」

 そう叫んだのは私だった。自分自身が一つ動きを飛ばしていた。顔をしかめて、すぐに動きを子どもたちに合わせた。にやりと笑う数名の童顔。だが、また真剣な眼差しが全員に戻る。

 そして、ラストが近づき、黒い波が寄っていく。最後は全員が集まって「やあ!」と片手を挙げたポーズで決まった。


 運動会が終わって教室で、子どもたちに小学校最後の運動会でのがんばりをたたえた。彼らはとても満足感を持っていた。組体操やソーラン節も精一杯力を出し切ったと話していた。感想を言い合っている時、一人の男の子が 「へへ、先生、ソーラン節の時、間違えたでしょ」
 と私に声をかけた。私は
「そう。本番では何が起こるか分からない、っていつも言ってただろう?」
と平然と答えた。
「でも、さすがにあの時は、あせったよ。」
と続けると、皆がどっと笑った。


*******************************************************************
 せっかくこれだけ練習したので、機会があればまた踊ろう、と子どもたちには話しています。そして、今度は、自分たちで布を縫って手作り法被を作って、それを着て踊れたらいいね、とも。
 今、6年生は、家庭科でミシンを使ってエプロン作りをしています。その学習を生かせば、できそうなのですが、さて、どうなるでしょう。
 なお、今回の運動会での画像は以下にあります。どうぞのぞいてみてください。
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by saibikan | 2005-12-28 23:57 | ソーラン節 | Trackback | Comments(2)
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Commented by SHOW at 2005-10-06 03:49 x
うん?うしろで踊っているのはひょっとして  ?  
みんな素足で決まってるう。かけ声が聞こえてくる
Commented by saibikan at 2005-10-06 22:35
まあ、想像通りだけどね。でも、後ろではありません。前です。
つまりこっちが本部なのであります、はい(^_^)v


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